3月17日、会社が操業停止になり、放射性物質の飛散もあった事から、14時過ぎに新潟への疎開を決断。
必要な荷物を車に積んで新潟へ出発
ガソリンは、幸いにも、震災の前日に補給していたため半分程度は残っていました。
郡山から、福島県境までで、開いていたスタンドはわずかに1軒。
コンビニも、棚に商品がほとんど並んでいない開店休業状態でした。
以前に寄った事のある、この店が営業していたら寄ろうと、話しながら走行。
6時頃に次男坊亭に到着。
店内に入ると、BGMがながれ、別段何もない雰囲気。
そこから、わずか数十キロの福島県との違いに戸惑った事を思い出します。
この時は、原発問題が解決しないままに、郡山へ帰るはめになり、さらに一層深刻になるとは思いませんでしたし、思いたくもなかった。
所在地:新潟県阿賀町
訪問日:2011年3月17日