明神と道を挟んだ向かい側にこの石碑がある。文字は読み取れない。相撲部屋の「ニ所の関部屋」は、この名前からとったもの。
陸奥、玉津島明神。下野、住吉明神。と、それぞれ呼ばれていた。 東北・越後の大名も通ったこの街道、真ん中の灯篭は、新発田城主が奉納したもの。 和算額、江戸時代の数学オタが問題と答えを額に施し奉納した。現存するものはないが、当時をしのび復元した…
峠を下ってくるとこの清水がある、今でも滾々(こんこん)と清水湧き出でている。とても透き通っていて冷たい。古くは弘法大師が衣を濯ぎ、松尾芭蕉と曽良もここで、休息した。
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